フィレンツェのベッキオ宮殿“五百人大広間”。ヴァザーリの壁画の下にあると言われているレオナルド・ダ・ヴィンチが描いた「アンギアーリの戦い」。
その戦いの地を初めて訪れました。
未だに多くの謎を残したままの、その有名な幻の作品によって“アンギアーリ”というトスカーナ州の地名は以前から知っていたものの、これまで実際に訪れたことはありませんでした。
アンギアーリへはフィレンツェから車で1時間半ほどで行けます。
“アンギアーリの戦い”とは1440年6月29日、アンギアーリ(トスカーナ州アレッツォ県)にて起こったフィレンツェ共和国軍とミラノ公国軍による戦いで、フィレンツェ共和国が勝利しています。
現在もアンギアーリの町は、小高い丘の上に、当時の面影を残しながらあります。
高いアンギアーリの街中からは戦場となった平野を見下ろすことができます。
城壁に囲まれ、見晴らしの良い場所に町があるのが分かります。
町の展望台には地下へと続く階段があり、下に降りてみると大砲が設置されていた場所へと行くことができました。
町の中には美術館、博物館もあり、アンギアーリの戦いの様子が模型等で詳しく説明されています。
上の模型の写真左上のほうにあるのがアンギアーリの町です。町の下の平野でアンギアーリの戦いが行われたことが分かります。
アンギアーリの町から続く一本道が模型の写真から分かりますでしょうか。その道の先には(写真右端)橋があり、その橋を争って戦われたと言われています。
この模型にもある、アンギアーリの町から伸びている長い一本道。模型だけではなく、実際に、現在のアンギアーリの町からも見ることができます。
550年以上も前、この下に見える場所では戦いがあったのですね。
この道を車でアンギアーリの町から下っていくと、道の途中、平野の真ん中あたりでこんな看板を見つけました。
看板には「アンギアーリの戦いの平野 1440年6月29日」と書かれています。
周りを見渡せば、そこは普通の平野に見えますが、あのレオナルド・ダ・ヴィンチが壁画の題材にした戦いが、間違いなくこの場で起こっていたかと思うと、不思議な感じがします。
フィレンツェの歴史をたどって、レオナルド・ダ・ヴィンチの幻の壁画に思いをはせて、アンギアーリを訪れるのいいものです。
また、歴史に興味がなくても、中世の面影を残したアンギアーリの町は、訪れる人を十分楽しませてくれる素敵な町です。
トスカーナ州のお気に入りの町が、私もまた一つ増えました。
2016.1.27

shiho

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