2020年を迎え、早くも一週間が過ぎ、すっかり日常に戻りました。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
東京オリンピック開催年、充実し、エネルギッシュな年となりますよう願っております。
昨年2019年は、レオナルドダヴィンチ没後500年でした。
フィレンツェでは、初代トスカーナ大公メディチ家のコジモ一世と、メディチ家からフランス王家に嫁ぎフランスの支配者として君臨したカテリーナ誕生500年でした。
コジモ一世は、フィレンツェ、そしてトスカーナにとって、とても大きな変革をもたらした人物です。
日本に置き換えれば、織田信長と豊臣秀吉、徳川家康の役割を一人でやってのけた様な人物なのです。
シニョーリア広場の騎馬像が、コジモ一世の姿です。
フィレンツェでは昨年、彼をテーマにした様々なイベントや特別展が開催されました。
その最後を飾る特別展が、フィレンツェの国立古文書館で、1月12日まで開催されています。
18歳でフィレンツェの支配者にノミネートされ、選出者の思惑に反し、独裁体制を敷き、法制度改革、カルロス五世の庇護を受けて、ルッカを除くトスカーナ全域を支配、トスカーナ大公の位を得て、長男フランチェスコに支配権を委譲して、実質隠居したのが69歳、その5年後亡くなりました。
日本は戦国時代のこの時代、ヨーロッパもイタリアではフランス、スペインハプスブルグ帝国、教皇の三大勢力に、都市国家の共和国体制で、文化的に進んでいたものの、軍事力に劣ったイタリア半島の都市国家が次々に列強に支配された時代でした。そこにプロテスタントとカトリックの宗教争いが絡み、中世に終わりを告げる変換機に権力者の間をうまく泳ぎ切った天才的な人物だったのだなというのが、この展示会を見学しての印象でした。
古文書館が保管している、コジモ一世に関する資料で構成されていて、教皇レオ十世の傭兵隊長として活躍した父の黒隊長ジョバンニと、それを陰で支えた母マリアの直筆の手紙、まだ幼い彼が父にあてた手紙、彼が幼少期暮らしたメディチ家別荘の絵図面などがあります。
1260年に記された、フィレンツェが敗れた対シエナ共和国のモンタペルティの戦いの記録は、シエナに保管されていましたが、1555年シエナ共和国を制したコジモが持ち帰り、プライベート書斎に大切に保管していたその本が展示されています。
書簡のほかにも、メディチ大公家の紋章、王冠のデザインの変遷、役所機関として彼の命で建造されたウフィツィ美術館の設計図や、宗教的・政治的に地位を高めるために設置したゲットーの当時の地図、貴族階級を効率よく統率し、列強に存在感をアピールするために創設されたサントステファノ騎士団の資料、現在のフィレンツェの美術学校に繋がるアカデミア設立に向けてのミケランジェロとの手紙があります。
そして、最後の展示は大公の位の証書。
彼の生涯を影で支えたのが、妻エレオノーラ。
当時のスペイン支配にあったナポリ総督の娘で、政略結婚にもかかわらず、夫婦仲が大変よく、彼女の実家の支えが彼の偉業に重要な役割を果たし、62歳に妻を亡くしたコジモは、心の支えを失ったといわれています。
普段は大切に保管されている貴重な歴史的な資料を見学できる貴重な機会です。
古文書館内の展示スペースで、どなたでも鑑賞できます。
Archivio di Stato di Firenze
Viale della Giovine Italia 6
サイトはこちらから
今年はラファエロ没後500周年、来年はメディチ家から誕生したレオ10世没後500周年。
どんな企画があるのか楽しみです。
2020.1.8

shinako

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