カラヴァッジョ(その6)

フィレンツェにあるカラヴァッジョ作品
カラヴァッジョは、ミラノに生まれ、その後はローマ、ナポリ、マルタ島からシチリア島へ、そしてまたナポリ、という具合に、イタリア半島を北から南へ活動の場を移して行きました。ですから、フィレンツェにも立ち寄ってはいたでしょうが、フィレンツェを舞台に活動したという形跡はないようです。とはいえ、フィレンツェにもカラヴァッジョ作品が遺されています。ウフィツィ美術館に3点、ピッティ宮殿の美術館・パラティーナ美術館に1点などです。ウフィツィ美術館の3点は、《バッカス》(1595年頃)、《メドゥーサ》(1597-98年)、《イサクの犠牲》(1601-02年頃)で、いずれも比較的初期の作品です。
カラヴァッジョ 作品名
で検索すれば、画像を見ることができます。
パラティーナ美術館にあるのは、《眠るアモル》(1608年)で、この作品はマルタ島で制作したものであることがわかっています。
フィレンツェで活動した形跡がないのに、なぜカラヴァッジョ作品がフィレンツェに遺されているのかというと、カラヴァッジョが、ローマでデル・モンテ枢機卿の庇護を受けるようになったことと関係します。デル・モンテ枢機卿は、当時フィレンツェを支配していたトスカーナ大公フェルディナンド1世(メディチ家の当主)の友人でした。カラヴァッジョの《バッカス》と《メドゥーサ》は、枢機卿が大公に贈呈したものだと考えられているのです。
フィレンツェのウフィツィ美術館は、もともとメディチ家所有の美術品を収めていたところでしたから、ウフィツィ美術館にこれらの作品が遺されたというわけです。
背景としての聖書とギリシャ神話
カラヴァッジョ作品の多くは、聖書やギリシャ・ローマの神話を前提にしていますので、その方面の知識を得ておけば、絵画作品鑑賞の助けになります。
カラヴァッジョよりもっと以前に描かれた絵画、ことに宗教画の場合、マリアはこう描くとか、いろいろな約束事があったので、その約束事が分からないと絵画鑑賞も難しいという面があります。しかし、カラヴァッジョの場合は、そういう約束事にむしろ挑戦して取り払っているところがあります。そのため、従来の約束事に固執する人びとなどとの間で紛糾が生じることもあったのですが、それにしても、聖書やギリシャ神話などの最低限の知識は必要です。
ここでは、フィレンツェのウフィツィ美術館所蔵のカラヴァッジョ作品、つまり、
《イサクの犠牲》《バッカス》《メドゥーサ》に関連してだけ書いておきます。
『旧約聖書』に描かれた「イサクの犠牲」
「イサクの犠牲」は、むろん『旧約聖書』冒頭の『創世記』22章に出てくる話です。
アブラハムは神から「あなたは多くの国民の父となる」(17章)と言われた人。妻の名はサラ。『創世記』は、そのあと、ソドムとゴモラの滅亡の話をはさみ、アブラハムとサラの間にイサクという男の子の誕生の話になります。
時は流れ、神はアブラハムを試します。「あなたの息子、あなたの愛する独り子イサク」を連れて山に行き、なんと「彼を焼き尽くす献げ物としてささげなさい」と命じたのです。(新共同訳、22章2)
アブラハムは神に従うしかないと考え、イサクを連れ、「焼き尽くす献げ物に用いる薪(たきぎ)」をイサクに背負わせ、歩いていきます。
イサクは「火と薪はここにありますが、焼き尽くす献げ物にする子羊はどこにいるのですか」とアブラハムに訊ねます。
「神が命じられた場所に着くと、アブラハムはそこに祭壇を築き、薪を並べ、息子イサクを縛って祭壇の薪の上に載せた。そしてアブラハムは、手を伸ばして刃物を取り、息子を屠(ほふ)ろうとした。」
「そのとき、天から主(しゅ)の御使(みつか)いが、『アブラハム、アブラハム』と呼びかけた。彼が、『はい』と答えると、御使いは言った。
『その子に手を下すな。何もしてはならない。あなたが神を畏れる者であることが、今、分かったからだ。あなたは、自分の独り子である息子すら、わたしにささげることを惜しまなかった。』」
アブラハムがあたりを見回すと、木の茂みに一匹の雄羊が角(つの)をとられていたので、アブラハムはその雄羊を捕まえ、息子の代わりに焼き尽くす捧げ物としてささげた。
カラヴァッジョの《イサクの犠牲》
このように、絶対的に神に従うアブラハムという話として物語は展開しますが、カラヴァッジョの《イサクの犠牲》は、この話を前提にしています。この絵には、アブラハム、イサク、御使いが描かれ、さらにイサクの頭部近くに子羊が描かれています。
イサクを押さえつけているアブラハムの左手、刃物を握って今まさにイサクを屠ろうとしている右手、その右手を押さえる御使いの右手、羊の方向を指差す御使いの左手。それらの手が、画面に向かって右下から左上へ配置されて、緊迫度を高めているように見えます。そして、叫び声をあげているようなイサクの表情。迫力あふれる場面になっていて、じつに見応えがあります。
バッカスとメドゥーサ
「バッカス」は、ローマ神話に出てくるワインの神だということはご存知と思います。ラテン語ではBacchusですから、バックス。バッカスは英語的表記です。さかのぼれば、ギリシャ神話のディオニュソスになります。これは古代ギリシャでも酒の神、豊穣の神です。カラヴァッジョの《バッカス》では、ワインが描かれ、前方に盛られた果物にも、冠にしている植物にも、バッカスにまつわるブドウが描かれています。
ついでながら、フィレンツェでカラヴァッジョの《バッカス》を見るなら、同じくフィレンツェのバルジェッロ美術館にあるミケランジェロの彫刻《バッカス像》(1497年)を見るのも興味深いものです。これはカラヴァッジョ作品よりほぼ100年前の作品。
「メドゥーサ」は、ギリシャ神話に登場する怪物で、ペルセウスによって首を切り落とされたとされます。カラヴァッジョの作品《メドゥーサ》は、2種類あるのですが、そのひとつについて、バリオーネ「カラヴァッジョ伝」(1642年)は、「マムシの髪をもち、恐ろしい形相をしたメドゥーサの首を、円形の楯の上に描いた。この絵は、枢機卿からトスカーナ大公フェルディナンド〔一世〕に贈られた」(58頁)(注1)と記録しています。これを読めば、《メドゥーサ》が円形になっている理由も分かります。つまり、儀式盾に描かれたものというわけです。ちなみに、ここで「枢機卿」と言われているのは、先にふれたデル・モンテ枢機卿で、ローマに出たカラヴァッジョの庇護者になった人物でした。
もっとも、「バッカス」や「メドゥーサ」のこの程度の知識はごく初歩的な話ですから、この作品だけについてなら、神話に関する知識はさほど必要ないといえるかもしれませんが。
カラヴァッジョ作品のコピー
ウフィツィ美術館には、カラヴァッジョの《聖トマスの不信》という作品の「ひじょうに出来のよいコピー作品」(注2)があります。このコピー作品は、すでにカラヴァッジョの生前に作られていたようです。同時代にコピーが作られること自体、その作品が大いに話題になっていたであろうことをうかがわせます。なお、オリジナル作品は、ドイツ・ポツダムのサン・スーシ宮殿の所蔵です。
この「聖トマスの不信」というのは、『新約聖書』の『ヨハネによる福音書』20章にみえる話です。イエスは十字架につけられて処刑され、墓に納められます。けれども、イエスは復活し、マグダラのマリアのところに現れ、12人の弟子たちのなんにんかのところにも現れます。そのとき、弟子のトマスは、不在だったのですが、この話を聞くと、トマスは、イエスの「手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」と言うのです。その8日後、またイエスが弟子たちのところに来ます。このときは、トマスも他の弟子たちと一緒にいました。イエスはトマスに言います。
「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、私のわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。イエスはトマスに言われた。「私を見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」(20章26-29) カラヴァッジョの《聖トマスの不信》(1601年)では、トマスがイエスのわき腹に指を入れている場面を描き、「同時代の物語絵と見比べると、その斬新さと劇的な迫力は『近代的』としか表現のしようがないほど衝撃的だ」(注3)と評されています。
この絵では、トマスが恐る恐るイエスのわき腹の傷跡に右手人差し指を入れ、その様子を見つめていて、その様子をまた別のふたり弟子も見つめているという緊迫の瞬間が捉えられていて、弟子たちの驚きの様子がまざまざと伝わってくるかのようです。
(注1) バリオーネ「カラヴァッジョ伝」(1642年)、石鍋真澄編訳『カラヴァッジョ伝記集』平凡社ライブラリー、2016年、58頁。
(注2) 石鍋真澄『カラヴァッジョ ほんとうはどんな画家だったのか』平凡社、2022年、299頁。
(注3) 同前、297頁。
投稿者プロフィール

- イタリア大好き人間。趣味は読書・旅行・美術鑑賞・料理(主にイタリアン)。「フィレンツェ・イン・タスカ」に不定期に寄稿。
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