フィレンツェの楽器博物館

ミケランジェロ《ダヴィデ》像とアカデミア美術館

 ユネスコの世界遺産になっているフィレンツェの旧市街=歴史地区にあるシニョーリア広場は、ウフィツィ美術館やヴェッキオ宮殿と隣りあっていて、この広場にはミケランジェロの彫刻《ダヴィデ》が置かれています。《ダヴィデ》像は、フィレンツェの街を見渡せる高台のミケランジェロ広場にもありますが、この両者はいずれもコピーで、そのオリジナルはアカデミア美術館に展示されています。

 ということで、アカデミア美術館といえば《ダヴィデ》像と認識されていますが、この美術館には楽器を展示しているスペースもあります。

音楽用語の中のイタリア語/メディチ家と音楽

 急に話が変わりますが、中学生になった頃、学校の音楽の時間に、「アレグロ」とか「アンダンテ」、「フォルテ」とか「ピアノ」といった用語が出てきました。イタリア語に由来するとのことでしたが、なぜイタリア語なのかと疑問に思ったものでした。

 でも近代音楽の発祥の地がイタリアだったと聞けば、ある程度納得できます。医学の用語にドイツ語が今もある程度使われているのと似た現象でしょう。

 音楽と結びついたイタリアの街といえば、ミラノのスカラ座などは思い浮かんでも、フィレンツェを連想することはあまりないかもしれません。(フィレンツェには、ヴェルディ劇場がありますが。)けれど、イタリア・ルネサンス期のフィレンツェで甚大な影響力をもったメディチ家は、音楽に関しても大きな貢献をしていました。

クリストフォリとピアノ

 フィレンツェの楽器博物館に入ると、そのことを示す説明文があります。

 説明文は、イタリア語と英語。でも、この説明文もスマホで日本語に翻訳することができますから、仮にイタリア語による説明しかない場合でも、翻訳は容易です。今、イタリア語のほうのGoogle 翻訳を試してみると、つぎのようです。

「バルトロメオ・クリストフォリ(1655-1732)は、1688年、フェルディナンド・デ・メディチ大公によってメディチ家の宮廷に王室楽器製作者として召集されました。彼の作品は、常に新しい形状、モデル、素材、そして音色を試作することに特化しており、1700年頃、新たな楽器、ピアノの発明に至りました。
この部屋には、クリストフォリが製作した現存する最古の楽器2台と、彼の後継者の一人が製作した現存する最古のアップライトピアノが展示されています。」

 以上が、この写真に出ている説明の翻訳です。フェルディナンド・デ・メディチ大公は、ヨーロッパの楽器の収集にも尽力したのですが、その後その収集品の多くは散逸し、現在ではフィレンツェにはあまり残っていないとのこと。しかし、ピアノとはいえないのでしょうが、ピアノの原型になったような楽器がフィレンツェの楽器博物館に展示されています。

 写真に出ている鍵盤を備えた楽器は、スピネッタ(英語ではスピネット)と説明書きに出ています。

  初期のスピネッタは、音の強弱がつけられないという問題があり、それを解決する方向に改良が進められ、やがてピアノにつながっていったようです。

 そのほか、ビオラの展示もあります。

 このビオラには、メディチ家の紋章が入っています。

 また、ここの写真にはありませんが、フェルディナンド大公が郊外のヴィラ(プラトリーノ)で音楽のイベントを大規模にやっていたという説明のパネルもあります。

 このプラトリーノのヴィラは、世界遺産になっているメディチ家別荘群のひとつとです。

投稿者プロフィール

藤尾 遼
藤尾 遼
イタリア大好き人間。趣味は読書・旅行・美術鑑賞・料理(主にイタリアン)。「フィレンツェ・イン・タスカ」に不定期に寄稿。

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