カラヴァッジョ(その2)
映画『盗まれたカラヴァッジョ』
映画『盗まれたカラヴァッジョ』(2018年制作、日本公開2020年、伊・仏合作、ロベルト・アンドー監督作品)は、カラヴァッジョ作品《キリストの降誕》盗難事件の謎に迫ったサスペンスです。
逃亡者カラヴァッジョがシチリア最後の滞在地パレルモで制作した祭壇画《キリストの降誕》は、制作から360年後の1969年、なんと盗難の憂き目に遭いました。イタリア絵画史上最大のスキャンダルから約50年、いまだ杳として消息不明なのです。
『盗まれたカラヴァッジョ』は、盗難当初、マフィアの間を転々としていたこの祭壇画の行方に迫ろうとするサスペンス。話はイタリア政府内にも波及していきますが、それはこの盗難事件の重大さを示しているようでもあります。このような映画が制作されること自体、カラヴァッジョ人気の大きさを物語っているかのようでもあるし、じつに面白い作品に仕上がっています。
「最高傑作」は?
前回、《キリストの埋葬》をカラヴァッジョの「最高傑作」だとする見解に触れました。
それに対し、『カラヴァッジョ伝記集』所収のフランチェスコ・スジンノ「画家ミケラニョ・モリージ・カラヴァッジョ伝」(1724年)では、「同時代」の評価とはいえないでしょうが、シチリア島のメッシーナで描かれた《羊飼いの礼拝》について「私の信じるところ、彼の作品のなかで最高のものである」(120頁)と書かれています。これは、キリスト生誕を描いた作品です。
古くは、このような評価もあったことがうかがえますが、さてそれでは、カラヴァッジョの「最高傑作」はなにかということを、画集などをながめて思い巡らせてみるのも面白いのではないでしょうか。
ちなみに、宮下規久朗氏は近著『一枚の絵で学ぶ美術史 カラヴァッジョ《聖マタイの召命》』(ちくまプリマー新書、2020年。以下では、書名を単に『カラヴァッジョ《聖マタイの召命》』と略記)では、《洗礼者ヨハネの斬首》を「畢生の大作」、「カラヴァッジョ芸術の頂点をなすもの」(44頁)と書いておられます。
イタリアに散在するカラヴァッジョ作品
展覧会に出かけて作品を見ることはもちろん意義深いことです。しかし、もともとは教会の特定の場所に置かれることを想定した作品ならば、現地で作品の前にたたずむことによってこそ、より深く「体験」できるものでしょう。
カラヴァッジョは38歳で死去したこともあり、作品数は多いとはいえません。彼は、ミラノに生まれ、やがてローマに活躍の場を得て活動します。当時のローマは、いわゆる「宗教改革」に対抗するカトリック改革が活発化した時期で、ローマでは教会建築が盛んにおこなわれ、そこを飾る絵画が競うように描かれていたのです。
プロテスタントの側、ことにカルヴァン派が、教会内の絵画を強烈に排斥する姿勢を示したのに対し、カトリック側は逆に、絵画を重視したのです。「最後の晩餐」とか、「エマオの晩餐」などのテーマが流行したのも、このようなカトリックの立場と関連しています。ちなみに、カラヴァッジョは、「エマオの晩餐」というテーマで作品を2点遺しています。ロンドン(ナショナル・ギャラリー)にある第1作と、ミラノにある第2作です。
カラヴァッジョはそのローマに活躍の舞台を得たのですが、殺人者となってしまい、そのためにローマを離れます。ナポリからマルタ島へ、そしてシチリア島へと逃避行を続けながら、有力な支持者を得て作品を描いていきます。そして、今も現地に遺されている作品もあるのです。
彼は、赦免を求めるため、ふたたびローマに戻ろうとしてイタリア半島を北上したのですけれども、その途中で長くない生涯を終えました。
カラヴァッジョ作品には、イタリア国外に流出した作品もむろんありますが、上述のような遍歴の経過もあり、イタリア国内に散在しています。
カラヴァッジョ作品は多くない(60点前後)とはいえ、イタリアだけに限ったとしても、ローマからナポリ、マルタからシチリアへと旅行することは、一般には難しいでしょう。けれども、その一端であれ、カラヴァッジョ作品を追いかけるイタリア旅行を夢見つつ、画集のカラヴァッジョ作品をながめて楽しむ、というのも悪くないと思います。
投稿者プロフィール
- イタリア大好き人間。趣味は読書・旅行・美術鑑賞・料理(主にイタリアン)。「フィレンツェ・イン・タスカ」に不定期に寄稿。
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