カラヴァッジョ(その3)

『カラヴァッジョ伝記集』のエピソードから

 カラヴァッジョ(その1)の冒頭で石鍋真澄氏の『カラヴァッジョ伝記集』のことにふれましたが、これは、主に17世紀にイタリアで刊行されたカラヴァッジョの伝記を並べた著作です。そのなかには、カラヴァッジョ作品が同時代にどのように受容されたかなどを、興味深く伝えているところがあります。

 少しその例をあげてみましょう。ローマのサンタゴスティーノ聖堂にある《ロレートの聖母》(1603-06年)について、バリオーネの「カラヴァッジョ伝」はつぎのように書いています。

Michelangelo Merisi da Caravaggio, Public domain, via Wikimedia Commons
《ロレートの聖母》(1603-06年、ローマ、サンタゴスティーノ聖堂、260×150cm)

 カラヴァッジョは、サンタゴスティーノ聖堂の左側の最初の礼拝堂に、《二人の巡礼者を伴うロレートの聖母》をモデルから描いた。巡礼者の一人は泥まみれの素足をあらわにし、女性のほうはほこりだらけのほころびた頭巾をかぶっている。そして人々は、偉大な作品がもつ細部のこうした軽率さのために、この絵について大いに騒ぎ立てたのである。(60頁)

 この絵について人々は「大いに騒ぎ立てた」というのですが、いったいどこが「騒ぎ」を起こす原因だったのでしょうか。そんなことを考えてみるのも面白いものです。

宮下『カラヴァッジョ巡礼』を参照すると

 《ロレートの聖母》の画像を参照しつつ、バリオーネのこの史料を素直に読めば、巡礼者男性の「泥まみれの素足」を、巡礼者女性の「ほこりだらけのほころびた頭巾」を描いたことが「軽率」だったということになります。
 けれども、この点については、別の見方・感じ方があるかもしれません。宮下規久朗氏の『カラヴァッジョ巡礼』の解釈をみてみましょう。

人々は自分たちと同じような姿をした人物が絵の中にいるのを見て驚き、興奮したのだろう。
 当時のローマは西洋中から巡礼者が集まって来ており、この教会は、サン・ピエトロ大聖堂に向かう彼らの通過点にあった。画家はこの絵の主な鑑賞者が巡礼者であることを考慮して、彼らの前に聖母が顕現した情景をリアルに描いたのだろう。(74頁)

 というのですが、いかがでしょうか。はたして「軽率」だったのか、こういう意見を突き合わせながら、さらに絵を細かく見ていくと、いろいろな「気づき」が生まれるかもしれません。それがまた絵画鑑賞の面白さでもあります。

「カラヴァッジョ伝」にうかがえる賛否両論

 別の例をあげましょう。『カラヴァッジョ伝記集』にもどりますと、バリオーネは次のように書いています。

カラヴァッジョは、トランステヴェレのマドンナ〔サンタ・マリア〕・デッラ・スカーラ聖堂のために、《聖母の死》を描いた。しかし、素足をあらわにし、身体をふくれ上がらせるなど、聖母の描き方があまりに品位に欠けていたために、その絵は取り払われた。そしてマントヴァ公がその絵を買い取って、マントヴァにある公のりっぱな画廊に飾ったのである。(61頁)

Death of the Virgin (1602–1606). Oil on canvas, 369 × 245 cm (145 × 96 in). Louvre, Paris
Caravaggio, Public domain, via Wikimedia Commons
《聖母の死》(1505-06年、ルーブル美術館、369×245cm)

 トランステヴェレというのは、テヴェレ川の向こう側と言う意味で、今も下町ふうの感じがある地域です。
 この《聖母の死》は、「取り払われ」、現在はルーブル美術館にあるのですが、それはともかく、このカラヴァッジョ作品は、その制作を依頼した教会からは拒絶されたのでした。
 拒絶の理由としてバリオーネの書いている「あまりに品位に欠けていた」というのは、どういうところに関して出てきた見方なのでしょうか。そういうことに考えをめぐらせて絵をながめてみると、興味は尽きません。しかし、どういう見方であったにせよ、「取り払われた」と書かれていますから、その教会の主だった人びとがこの絵を「不適切」と考えたということでしょう。
 とはいえ、これを買い取った公爵がいたのですから、当時でも、この絵の評価については賛否両論が渦巻いていたことが分かります。
 その賛否両論には、個人的な好みが反映していることは確かでしょうが、カラヴァッジョの作品の強い支持は、貴族や商人の側に存在していたようです。

投稿者プロフィール

藤尾 遼
藤尾 遼
イタリア大好き人間。趣味は読書・旅行・美術鑑賞・料理(主にイタリアン)。「フィレンツェ・イン・タスカ」に不定期に寄稿。

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