フィリッポ・リッピの《受胎告知》
ベアト・アンジェリコとほぼ同時代のフィレンツェ派の画家がフィリッポ・リッピ(1406-69年)です。リッピは、《受胎告知》のテーマの作品を10作ほど残している(『レオナルド・ダ・ヴィンチと受胎告知』)とのことですが、フィレンツェのサン・ロレンツォ聖堂には、フィリッポ・リッピの《受胎告知》があります。
サン・ロレンツォ聖堂
フィリッポ・リッピ《マルテッリ家の受胎告知》
サン・ロレンツォ聖堂 1440年頃 板 175cm×183cm
マルテッリ家というのは、メディチ銀行の支配人として産をなした一族です。ガブリエルの手にはユリ。そして、ガブリエルとマリアの背後にみえる建物の遠近法も卓越したものです。また、ガブリエルの背後に描かれたふたりの天使たちには、市井の少年少女のような現実感・世俗性がありますが、これは「宗教の世俗化」(石鍋真澄監修『ルネサンス美術館』)とみることもできるでしょう。
ちなみに、この絵が置かれたサン・ロレンツォ聖堂は、サン・マルコ美術館のすぐ近く、また、フィレンツェのシンボルであるドゥオーモ(大聖堂)のすぐ近くです。そして、サン・ロレンツォ聖堂入口の隣には、ミケランジェロ設計のラウレンツィアーナ図書館入口があり、反対側には、メディチ家礼拝堂入口があって、圧倒されること請け合いです。
フィリッポ・リッピが描いた聖母像のうち、フィレンツェで見ることのできる作品は他にもあります。いずれも「受胎告知」図ではありませんが。
フィリッポ・リッピ《聖母戴冠》
ウフィツィ美術館 1441-47年 テンペラ 200cm×287cm
フィリッポ・リッピ《聖母子と二天使》
ウフィツィ美術館 1460-65年頃 テンペラ 95cm×62cm
フィリッポ・リッピ《メディチ・リッカルディ宮の聖母》
メディチ・リッカルディ宮(フィレンツェ) 1466年 テンペラ 155cm×71cm
敬虔なフラ・アンジェリコと、奔放ともいえるフィリッポ・リッピとは、生き方の上でも対照的でした。フィリッポ・リッピも修道士でしたが、なんと20歳以上年少の修道女ルクレツィアと結ばれてしまうという破戒僧でした。リッピは妻としたこのルクレツィアを聖母のモデルにしたとされています。
そして生まれた息子が、フィリッピーノ・リッピ(1457-1504)で、かれが聖母を描いた作品につぎのものがあります。これも「受胎告知」を描いているわけではありませんが。
フィリピーノ・リッピ《聖ベルナルドゥスの幻視》
バディア・フィオレンティーナ教会(フィレンツェ) 1484-86年頃 油彩 210cm×195cm
マリアの周りにいる天使たちの顔も、市井の少年少女のようです。

藤尾 遼

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