前回述べましたように、ティツィアーノは、君主や教皇の肖像画を描いたのですが、それだけでなく、より広い範囲の人びとの肖像画を数多く描きました。フィレンツェのピッティ宮殿にあるパラティーナ美術館にも、そういうティツィアーノ作品が所蔵されています。
肖像画群
ティツィアーノ《ラ・ヴェッラ(美しき女)》
ティツィアーノ《若い英国人の肖像》
《ラ・ヴェッラ》の女性と(その1)でみた《ウルビーノのヴィーナス》の女性は同一モデルだと、イアン・G・ケネディー『ティツィアーノ』には述べられています。
また、この《若いイギリス人の肖像》について、ゴンブリッジ『美術の物語』は、この肖像画の「頭部を見るだけで、彼の肖像画の魅力は十分理解できる」と書き、つぎのように続けています。「この絵の真価がどこにあるのか、それは分析できるようなものではないかもしれない。これまでの肖像画と比べると、とても単純でさりげない絵に見える。レオナルドの《モナ・リザ》に見られたような綿密な肉づけなどいっさいない。それなのに、この無名の青年はモナ・リザに劣らず神秘的な生気を帯びて見える。青年はまるで私たちを見つめているようだ。」というのです。
ほかに、つぎのような作品があります。
ティツィアーノ《ヴィンチェンツォ・モスティの肖像》
ティツィアーノ《イッポリト・デイ・メディチの肖像》
パラティーナ美術館 1532/33年 138cm×106cm
イッポリト・デイ・メディチ(1511-35年)は、イタリアの枢機卿。
ティツィアーノ《ピエトロ・アレティーノの肖像》
アレティーノは、ルネサンス期のイタリアの作家・詩人。ティツィアーノが、メディチ家のコジモ1世に贈った作品です。
単独の個人を描いたものではありませんが、つぎのような作品もあります。ティツィアーノの作品には、しばしば楽器が出てきますが、これもその一枚。この連載(その2)で《田園の合奏》にふれましたが、そこでも楽器が描かれていました。
ティツィアーノ《中断された合奏》
マグダラのマリア
狭義の「肖像画」とはいえないでしょうが、つぎの作品もあります。
ティツィアーノ《マグダラのマリア》
この女性の右手側には壺がみえます。
この女性について、たとえば、『新約聖書』「ルカによる福音書」8章2節に、「マグダラの女と呼ばれるマリア」(新共同訳聖書の訳文による)と出てきますし、24章のイエスの復活の場面でも、復活のことを知らせる人として「マグダラのマリア」が出てきます。
同じ「ルカによる福音書」7章37節には「罪深い女」の話があり、その女が「香油の入った石膏の壺」を持って来て、イエスの足にその香油を塗ったと書かれています。
現在の聖書の注釈書をみると、「マグダラのマリア」と香油を塗った「罪深い女」は別人だとされていますけれども、香油はマグダラのマリアを連想させるものだったのかもしれません。
ティツィアーノの《マグダラのマリア》には、複数の別のヴァージョンも存在します。そのうち、ロシアのエルミタージュ美術館所蔵の作品は、パラティーナ美術館所蔵作品から、ほぼ30年後に描かれた作品です。
ティツィアーノ《マグダラのマリア》
比較すると、いかがでしょうか。高齢となり、親しかった仲間を失っていったティツィアーノ。その苦悩が、晩年の作の《マグダラのマリア》に影を落としているといえるかもしれません。
2021.6.12

藤尾 遼

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