レオナルド・ダ・ヴィンチ《受胎告知》
では、レオナルドの《受胎告知》(1472年頃)にふれましょう。この連載の(その1)に作品を掲げましたが、ここでも掲げておきます。
レオナルド・ダ・ヴィンチ《受胎告知》
この作品は、レオナルドの最初の作品ともいわれています。同じ頃にレオナルドが関わった作品が2点あります。
ヴェロッキオ《キリストの洗礼》
ウフィツィ美術館 1472-75年頃 油彩 177cm×151cm
この作品の左下に描かれた天使は、レオナルドの筆になるものとされています。
レオナルド《東方三博士の礼拝》
ウフィツィ美術館 1480年 油彩・テンペラ 243cm×246cm
この作品は最近修復がなされ、話題になりましたが、《受胎告知》よりも少しのちの作品で、未完成作品です。
岡田温司・池上英洋『レオナルド・ダ・ヴィンチと受胎告知』は、書名の通り、主としてこの《受胎告知》を取り扱った書です。
《キリストの洗礼》《東方三博士の礼拝》は、《受胎告知》と近い時代に描かれたと言うにとどめ、《受胎告知》について少し述べましょう。ここにあげた本の後半で池上氏は、レオナルドの《受胎告知》が「ひじょうにすぐれた要素」を多々もちながらも、絵の「そこかしこ」に「奇妙な点」があると述べていますが、そこからいくつか「奇妙な点」を抜き出してみると、つぎのようです。
「マリアの後ろの石壁が黒と灰色の部材によって極端なコントラストを作っている点」「用途がよくわからない壁状の建築モチーフが画面を上下に分断している点」「マリアの右手がやや長く、しかも右肩からの接続に違和感がある点。その手を置いている書見台が、それらしくもない豪華な装飾で覆われている点」「この作品が由来も作者も記録がない点」
「由来」や「記録」についてはともかく、ここに紹介した諸点の指摘を作品と見比べてみると、いかがでしょうか。
この本の後半部分(池上氏執筆)は、もっぱらこの問題を論じており、作品のX線撮影の分析まで含め、検討は詳細を究めているので、手短に要約することは至難ですが、結論的なところを記しておきましょう。
手がかりは、ヴェロッキオの《キリストの洗礼》にあります。この作品は、基本的にはヴェロッキオが描いたのですが、部分的にレオナルドが分担したわけです。「分担」したのがレオナルドだけだったのかという問題もあるようですが、その点はさておき、ヴェロッキオ工房では、作品を「分担」によって仕上げることがあったとすれば、この《受胎告知》にも、レオナルド以外の手が介在していたのではないか、という「仮説」です。そう考えると、いくつかの「奇妙な点」の存在も合点がいく、というのです。
感情表現と遠近法
レオナルド《受胎告知》の「奇妙な点」については以上にとどめ、そのすぐれた点はどこにあるでしょうか。ひとつは、その「感情表現」かもしれません。
マリアへの「お告げ」をしているガブリエルは、真剣な表情です。これに対し、マリアの表情はどうでしょう。この連載の(その1)で、いろいろな《受胎告知》像は、「戸惑い、省察、問い、受け入れ、祈り」のいずれかを表していると書きましたが、レオナルド《受胎告知》のマリアの表情はどうでしょうか。いずれでもないようにみえます。
『レオナルド・ダ・ヴィンチと受胎告知』で、岡田氏は、「いささかも動揺することのないマリアをあえて描くことで、彼は、神の力による奇蹟の受胎をことさらに演出しようとしてきた《受胎告知》の伝統にたいして、果敢にも挑戦しているように思われるのである。」と書いています。私はこの説におおいに納得したのですが、いかがでしょうか。
なお、この絵のマリアの肌は繊細で透明感のある色合いとなっていますが、それは、油彩画のなせる技でもあったことを追記しておきましょう。
ルネサンス期の絵画では、遠近法の採用が重要な意味をもちますが、《受胎告知》図では遠近法がとりわけ重要だったと、この本では論じられています。
今回取り上げたレオナルド《受胎告知》、ボッティチェッリの4点の《受胎告知》を、また、この連載(その3)に出てきたフィリッポ・リッピ《マルテッリ家の受胎告知》を、遠近法を意識して、もう一度ご覧いただければ、天使とマリアの背景にある風景が、いずれも遠近法の採用によって描かれていることに気づかれるでしょう。
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藤尾 遼

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