5回にわたり、フィレンツェにある《受胎告知》画をみてきました。今回は、フィレンツェにあるわけではないのですが、印象深い《受胎告知》画を取り上げておきます。フィレンツェとの関連も意識して書いていきます。
アントネロ・ダ・メッシーナ《受胎告知のマリア》
レオナルド《受胎告知》が描かれたのとほぼ同時代の作品をひとつあげておきます。
アントネロ・ダ・メッシーナ《受胎告知》
シチリア州立美術館(パレルモ) 1476年頃 油彩 47cm×34cm
この作品は、2016年に来日し、「ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」展で展示されました。メッシーナ(1430-79年頃)は、シチリア生まれで「ヴェネツィア派」に属しているわけではありませんが、ヴェネツィアに一時滞在し、その地の画壇に深味をもつ彩色を可能とする油彩の技法をもたらしたとされています。
暗い背景とブルーのマント、端正なマリアの顔立ち、表情に富んだマリアの手などが印象的です。この《受胎告知》の顕著な特徴は、マリアに受胎を告げる天使が描かれていないという点です。この絵の鑑賞者(観者)の位置に、天使ガブリエルがいる。そういう想定になるのです。
宮下規久朗氏は、「作品に向き合った観者は、聖母に告知する天使の位置に自らが立っていると感じ、画中の空間に参入することになる。登場すべき人物をあえて描かず、画面外の空間に存在を想定させ、観者の位置に重ね合わせることによって、観者を画中の出来事に関与させるこうした趣向を私は『不在効果』と名づけた。」と書いています(『聖母の美術全史』)が、まさしくそのような作品です。
この絵では、マリアが少し右手を上げていますが、天使に呼びかけられた瞬間を描いているのでしょうか。
ここで、もうひとつ着目点をあげておきます。それは、15世紀後半における油彩画つまり油彩画の登場です。この連載でも掲げたベアト・アンジェリコ《受胎告知》はフレスコ画、ボッティチェッリ《プリマヴェーラ》はテンペラ画です。それぞれの技法自体についての説明は省略しますが、油絵の登場で絵具を塗り重ねることができるようになり、奥行きをつけ、より立体的な表現をする可能性が広がりました。メッシーナの《受胎告知》というか、マリア像は油彩画です。その「肉付け」表現は、油彩画の採用と密接に結びついているといえるでしょう。
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藤尾 遼

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